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まえがき

    私の最近の著作として、“ビートルズ英語読解ガイド”、“ビートルズ作品読解ガイド”、そして “ビートルズ英語文法ガイド” がある。どれも、世に出回る歌詞の聴き取り間違い、誤解、誤訳を正し、The Beatles の、音楽のみならず、文芸的価値が正当に評価される下地を作ることを意図している。
    この三作の執筆にあたって、私は188曲の歌詞に使われている言葉ひとつひとつについて、前後の語との関連と意味を分析した。冠詞や前置詞を含むすべての単語について、用いられている文脈のすべてにおいてである。計25000箇所。その分析作業を編集した結果が本書となった。言わば、私の今回のシリーズ企画の集大成である。
    世にはびこっている誤対訳の理由はいくつかある。歌詞の聴き取り間違い、不十分な文法知識、幅広い英語使用経験の欠如、歌詞の背景についての情報不足などである。しかし一番の理由は、訳者が英和辞典を使いこなせていないため、という印象を私は受けている。訳者が分析努力を怠るのは批判されるべきことではあるが、既製の汎用辞書を利用するには困難と限界があるのも事実である。小辞典や中辞典では適訳らしきものが見つからず、大辞典では候補が多すぎて、結局、訳語を慣れや先入観で選択してしまうのである。
    このような問題を解決して、前三作を補完するのが本書である。これで、日本のビートルズファンは、ビートルズの歌詞の文字通り‘隅々’を正しく解釈できることになる。理解できない点があるとしたら、それは読み手ではなくて、書き手の力量不足である。もっとも、あえて意味不明にしてある部分も多々あるようだが。
    本書の見出し語は1895。pants (ズボン)、milk (乳)、roof (屋根)など、日常生活に関わる基本的な単語であっても、ビートルズの歌詞に使われていないものは収録していない。他方、収録語については、ビートルズが使わなかった用法や意味も示してある。これによって、本書利用者が得る知識の裾野が広がるであろう。収録した用例は延べ6850。ビートルズの歌詞からのものが延べ5800、それ以外のものが1050である。
    発音には触れていない。その理由は、本書はビートルズについての著作であり、収録するすべての単語について、ビートルズの発音をレコードで聞くことができるからである。ちなみに、歌唱に際する彼らの発音は、英国または米国における標準的な発音に慣れている人が違和感を受けないものである。個々の単語が有する発音の細かなバリエーションを確認するには、既製の汎用英英もしくは英和辞典などに掲載されている発音記号を参照されたい。
    他方、本書では、従来型の辞書より活字を大きくして、ゆとりのスペースを取っている。一つの言葉について調べるための道具のみならず、読むことのできる辞書を目差したからである。
    また、見出し語と出典を制限した結果、語義ごとに比較的多数の用例を載せている。繰り返しも少なくない。例を挙げると、Let it be. という文例は、let、it、be、whisper の四箇所に登場する。一つの文を複数の点から考察することを容易にするものである。
    ここまでは利点を強調したが、本書には限界がある。用例の作者に対して意味の確認を求めることが不可能ということである。特に間投詞、接続詞 and、定冠詞の意味は解釈し難い場合も少なくない。なかには、メロディーに乗せるために加えたと思われる定冠詞もある。私の解釈に自信がない場合は、凡例の中で述べるように、? を付記しているが、それ以外にも誤りの可能性があることを承知して欲しい。
    本書について意見などがあれば、お聞かせ願いたい。誤謬の指摘や異論は、特に歓迎する。

2009年9月                  
秋山直樹